「東京は」というのが最近癖になってきている
大阪との対比が大半だが、この街は何も無いからこそ語りたくなる 私はいつもこの街で古いものを探している 見つけたものといえばマンホールの蓋と、昔から代わりがないといわれる 地形だけである いったいどこえ行けば私が求めるモノがあるのだろうか、 こういったこと考えている人が東京にはいっぱいいて、 自分の土地と似たところを見つけて自分の居心地のいい場所を見つける これが東京の出来方のパターンの一つである 東京にそろそろなじんできた
と同時に急にだるくなってきた 自分の気持ちを制御せきない 最近なんだかしょうも無いことばかりが頭をよぎる これも自分のなかで何かが変化しているのではないだろうか この変化は進化なのだろうか 人間は今、進化しているのだろうか そもそも進化とはなんなのだろう 「進化」という単語はなにか前むきなきがする だとした今の人間は進化していないのではないでろうか いな、 良い悪いは関係ない 生きている限り人間は進化し続けているはずだ。 「ほんの少しのことで良いんです」
こんなフレーズのCMがあったような気がします 4月から東京で働くようになり仕事の研修で現場に行くことがあった そこでは一年先輩のKさんと一週間ほど一緒に働いた Kさんは会社でも評判が悪かったが、一緒に働いている限りではそんなに何も思わなかった しかし、現場から帰ってきて事務所でKさんの電話を取ると吐きが無くしんどそうに喋る 「ほんの少し」 最近、働き出してよく思うように。なった 安易にこの言葉を口にするな!!
私はこの言葉にいつも足をすくわれる。 「分かった」などと言った時点で分かったことについて なにも考え無きなってします。 疑うということをしなくなる。危険な言葉だ。 ってな感じ。
昔みていたアニメにこんなことをいうキャラクターいた。
まあ、何でもかんでも殺したらいかんのは分かっていたが今一よく理解をしていなかった。 最近、家にゴキブリが出たので、久々にそいつを殺した。 後にこの言葉が頭をよぎった。 次第にこのことについて考えるようになった。 確かに殺したところで生態系が変わるわけでもなく、 その虫がいなくなるわけでははい。 つまり何も変わらないのである。 普通の人はゴキブリなどの害虫を殺したときに少しでも気持ちよさを感じているのだろう。 怖いという感覚と潰した後の快感だけで終わるのだろう。 しかしこれは虐殺だ。 全く気分のいいものではないはずである。
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